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2014年9月

食を守るお母さんの役目

日本人の食生活が欧米化してきて、早69年。

どんなに高い・よいサプリメントを飲んでも解決できないことは、人間の体は、口に入れた食べ物で出来ている。

と云うことです。口から食べた食物が、食道を通り、胃に入り、小腸・大腸で消化吸収を繰り返し、栄養に変わり

肛門から「うんち」として排泄される。これが、毎食毎食繰り返され、体ができているのです。

そうなると、食を守っている、母親の役割が大切になってきます。

何を食べさせているかです。いえ、何を食べなくてはいけないかです。

最近、また食材の不正が発覚してしまいました。

子供も大人も大好きな「M○C」です。

安心だと思っていたのに、サーズ[インフルエンザの一種です]の時にはブラジル産に変わっていたはずなのに

いつの間にかまた、中国産に変わっていたなんて、知りませんでした。

そうなのです。加工品になってしまうと、何が入っているか分からなくなってしまうのです。

毎日、朝ご飯、昼ごはん(これは給食がありますね)晩ご飯を考え作る、母親は、毎回悩むのです。

「昨日はお魚だったから今日は、お肉」『最近野菜が高いけど、野菜はちゃんと食べなくてはいけないから、今日はこれ」って。

悩んでいますよね。

でも、国産は高いし、かといって中国産は、残留農薬が怖いし・・・・

ちょっとくたびれて居たって、今日食べてしまえば、新鮮そのものです。

母親が、間違った食材を選ばなければ、子どもたちは、何時までも丈夫な体です。

戦後生まれの今の60~40歳代くらいの成人病が増えています。死亡率も高い病気も多く

早期発見を呼び掛けられています。

戦後、急激な高度成長とともに、簡単・便利・おいしい食材、肉料理・小麦食品そしてお砂糖≪脂肪と糖≫が

普及しました。

おいしいものに飢えていた時代だったうえ、アメリカ人は大きく、多くの偉人たちも外国の食べ物で立派になった。と聞かされれば、

皆が飛びついたのにはいたしかたなかったと思います。

今、生活習慣病がこれだけたくさんある中で、子どもたちの体を思うと「食育は我が家から」を実践していきたいですよね。

和食は≪出汁≫の文化なので、とても手間がかかる料理とされています。

でもちょっと手間をかけて、安心安全な料理を家庭で味わっていけば、子どももやがて大人になり、

「母の味」を懐かしく思い、そして、受け継いでいくのではないでしょうか。

「ハンバーガーが、母の味」なんて、寂しくありませんか?

日本人が昔から続けている、お米に合う食材をおかずにしていけば、きっと丈夫な体をつくっていけるのではないでしょうか。

この講習で最後に教えて戴いたことは、[水・米・風呂]この3つを毎日守るようにしましょう。でした。

水は、人間の体はほぼ水です。いい水・活きた水を飲む。

米は、日本人の主食です。食パンをぎゅーっと潰すとピンポン玉くらいになってしまいます。それしかおなかに入りません。

しかし、お米は、それ以上潰しても同じくらいのお餅になるだけで、小さくなりません。なので腹もちがいい。

お風呂は、一日の疲れを洗い流してくれます。「は~極楽極楽」って入ってみてください。

疲れなんてすっとんで、ぐっすり眠れる事でしょう。

今晩のお風呂から始めてみませんか。

 

食育について

9月13日。横浜で開催された「食育セミナー」に行ってきました。

「日本は戦争に負けた。ここが始まりです。」

戦争に負けた日本は、食べるものがなかった。

戦争によって、一番の働きでである15歳から30代の若者たちの尊い命を戦争によって奪われてしまったため、

畑仕事をするのは女子供年寄りばかりで、食べ物を作る為の労力がなかった。

その上、日本全土が戦地になってしまい、たくさんの爆撃や、広島・長崎には、「原子爆弾」が投下され、

ものを作る土壌ではなくなってしまったところもあった。

しかし、人間は食べないと生きていけない。

戦後すぐに、アメリカ軍のGHQが、、日本に入ってきた。

戦後に日本の立て直しという前提で。

しかし、アメリカもタダでなんでもやってくれたわけではない。

初めはタダだった。小麦粉を輸入し、パンを作るよう指導した。

栄養状態が著しく悪かったので、学校給食の開始を指導した。

学校で、パンを食べさせ、入製品[脱脂粉乳]を飲ませた。

そして、1年。

学校給食の威力はすごかった。

学校ではパンをただで食べられる。多くの子どもがいた時代だったので、たくさんの小麦と乳製品が消費された。

そして、アメリカは云った。

「小麦代を25%だけ支払って」と。

今までタダだったので、25%なんて大した金額ではなかった。

日本は礼に尽くす国民なので、やって戴いた事の恩義を尽くす為、25%の小麦代金を支払った。

そして1年が過ぎた。

益々小麦の需要が増えてきた。

パンを食べると記憶力が増す。なぜなら、多くの外国の学者はパンを食べているからだ。

どんどん小麦・乳製品の消費が増えた。

そして、アメリカは云った、

今年は50%の小麦代を払って、と。

そんなことを繰り返し、アメリカのGHQは日本に7年間も滞在していた。

そして7年間で、アメリカから日本対して小麦・乳製品の輸出が成功した。

アメリカにとって、日本は、自国製品を輸出するための輸出国になっていったのです。

何でこんなことをするように為ったか。

戦争によって、今まで輸出国だったヨーロッパ諸国が自国で、作物を作り酪農を発展させていったため、

アメリカから輸入する事が必要とされなくなったのです。

そして、白羽の矢があたったのは、戦争に負け、焼け野原になってしまい、栄養不足の植えた国民の多く居る

まして飢えた子供がたくさんいる日本に目を付けたのです。

アメリカは自国の利益の為に、日本にやってきたようです。

戦後、日本の食文化はどんどん欧米化してきました。いえ、アメリカ化してきたと言っても過言ではないでしょう。

そして今、食生活が見直され始めました。

それも、アメリカからです。

肥満大国アメリカの、現状が物語っています。

砂糖のたくさん入った飲料水を飲み、油をたっぷり使った揚げ物を食し、油の多い肉を食し、自然の色とは思えない色の菓子を食べ、

かまずに食べられる柔らかい食事が中心となっています。

日本も、同じような状態になり始めています。

戦前は、貧しくとも、地元のものを食し、お米を食べ、四季の旬な食べ物を食していました。

しかし戦後は、すっかりアメリカの食文化に毒されてしまいました。

戦後生まれの昭和世代は、もしかすると、あまり長い気ができないとも言われています。

現に、日本人の生活習慣病がクローズアップされてきました。

ではどうしたらいいのでしょうか?

次回につづく

 

 

 

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